私たちは生活をしていく上で大勢の人々と関わって生きています。街中ですれ違うような直接会話をすることがない人も数えると、その人数は膨大な数になるでしょう。
人と人との関わりで成り立っている生活は、思いがけず多くの人に助けてもらっているものです。「命の恩人」というような強い印象を残している人に対しては、いつまでも感謝の想いを忘れることはないでしょう。
一方で、道路で人や車とすれ違う時に道を譲ってもらうなど、ささやかな行為は、意識をしなければ忘れてしまいがちです。
何気ないやさしさに対して感謝の気持ちを伝えるように努めることで、たくさんの人々に支えられて生きていることを実感できるようになります。〈恩返しをしたい〉という思いは、仕事などのモチベーションにもつながるでしょう。
感謝を言葉にして伝える回数を増やすことで、心と生活に潤いを与えていきたいものです。
今日の心がけ◆感謝の想いを伝えましよう
何でか分からないですがこの本は支えられて生きている事を強調しています。「お前は弱い、お前は弱い、お前は弱い」って心理に植え付ける気なんですかね。宗教では当たり前の事なんでしょうか。
感想例
仕事でもちょっとした事で感謝の気持ちを伝えられるとうれしく思います。すぐに忘れてしまう様な些細な事でも気軽に感謝の気持ちを伝えていきたいと思いました。そうする事で雰囲気が明るくなって仕事もはかどる気がします。
4+
職場の教養は、信者の洗脳を継続して行うことも目的の一つだと思いますが、それにしても話題が少なすぎて過去の投稿を覚えている非信者からするとマンネリ化しています。
題目を見ただけで、「ありがとうは数の問題じゃないだろ」と突っ込んでしまう。
なんとかしなさいね。w
何でもかんでも仕事へのモチベーションに繋げるなよ。
感謝の気持ちなんか仕事のモチベにならんのよ。
感謝の言葉は自然と出るのが本当に感謝している証拠
意識しないと出ないのは偽の言葉
そんな事がわからないのか?
唐突に仕事のモチベーションとか出してきて気持ち悪いです。
まず自分を徹底的に否定させて空いたとこに色々ぶち込んで来るのは洗脳の常套手段です。
「道路で人や車とすれ違う時に道を譲ってもらうなど、ささやかな行為は、意識をしなければ忘れてしまいがちです。」って言うけど、意識しないと譲れませんか?私は、意識せずにやってます。
結局、無意識に出ない感謝だから、心の底から感謝していないんだよ。
何度も同じことを書いてるけど、これが宗教で使う洗脳の手段なんでしょうね。バカバカしい!
そもそも、感謝を強要するのはおかしい。
お礼は相手の行為や思いに対して、自ずと発露する感情を言葉にして相手に伝えたものであって、自分の「心と生活に潤いを与える」ためにするものではない
人様を利用するな。ばかちんが!