2021/03/01 灯台下暗し

「灯台下暗し」という諺があります。
灯台とは燭台のことです。燭台は周囲を明るく照らしますが、その直下は影になって暗いことから、「人は身近なことには気がつかない」ことを意味します。
職場の同僚など、身近な人のことをよく知っているつもりが、実はわかっていなかったという経験はあるものです。
〈あの人は、きっとこうに違いない〉と決めつけると、相手のことをわかっているような感覚に陥ります。それにより、自分に都合のよいように想像してしまい、相手を誤解して、対人関係に問題が生じることもあるでしょう。
こうしたことを防ぐには、思い込みを捨てることです。そのためには、先入観にとらわれず、ありのままの相手を見ることが大切です。
表情や行動などから相手を知ろうとするうちに、今まで知らなかった考え方や仕事への取り組み方が見えてくるでしょう。
その上で、自分は相手とどのように付き合えばよいのかも気がつくはずです。

今日の心がけ◆思い込みを捨てましよう

思い込みかどうかは後になってみないと分からないでしょ。っていうか思い込みが一切ない状態でどうやって行動するんですか。仮にありのままの相手を見て理解したとしてその理解が思い込みではないとは言えないでしょ。

マトリックスです。

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6 件のコメント

  • 職場の教養は続けることに意味がある、それによって必ず人を動かせるんだ、と思い込んでいる団体に、どれだけ精神論や根性論が脳科学で意味が無いものだと答えが出ていると訴えても聞く耳を持たないのが思い込みというものだよ。
    思い込みを捨てる事は不可能だと言うことを自身が証明しているじゃないか。

    3+
  • 当たり前な解釈ですね。
    一歩踏み込んで、灯台の下が暗いから「上司が部下のことを、実は何も分かっていなかった」と解釈した方が良いでしょう。
    仲間同士のことを比喩するなら、別のことわざを持ってきましょうよ。

    3+
  • 『Fさんは、仕事の都合で車の大型免許を取得することになりました。
    そのテキストを読み進める中で、特に印象に残ったことが、「かもしれない運転をやめる」という文章でした。』

    「かもしれない運転をやめる」とテキストに書いてあったと言う「思い込み」は捨てられましたか?

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  • 身近にほとんど喋ったことのない人がいます。
    よく知らないし、その人のことわかっていないし、きっとこうに違いないなんて決めつけてもいません。
    思い込みもないし、先入観もないけれど、ありのままの相手を見たいと思いません。
    関心がないんです。
    これからも、その人のことは知ろうとしないだろうし、付き合いたくもありません。

    3+
  • 思い込んでいるかもしれないと改めて見てみたものの方が思い込みの可能性もある。
    思い込みを捨てることが必要だと思い込んでいないか?
    世の中思い込みで成り立っていると言っても過言では無く、管理者の言う通り、全てのことを思い込みかもしれないと疑っていたら何も行動出来ないでしょう。
    そもそも、思い込んでいるという考えに至らないのが思い込みなんだから、思い込みを捨てる事は不可能でしょう。

    2+
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