Tさんが住む地域は、昨年、台風で広範囲にわたり被害を受けました。
Tさんの家は、ベランダの屋根が破損しました。周囲では、家屋が壊れたり、床上に浸水するなど、被害が甚大でした。
やむなく、身内や知り合いの家に身を寄せたり、仮設住宅に入らざるを得なくなるなど、不自由な生活を強いられる人が大勢いたのです。
Tさんは、普段の生活に有難みを感じることは、それほどありませんでした。しかし、地域の人たちの苦労を知り、自分にできる手助けをしたいと考えました。
働く会社があり、飲食ができ、お風呂に入り布団で寝る生活こそが有難いのではないかと感じたからです。
不自由を強いられている人たちに、少しでも温かい手を差し仲べたいとの思いが湧き上がったのです。
自然災害は、いつどこで起きるかはわかりません。非常時には、助け合いの心を持って協力し合いましょう。
今日の心がけ◆支え合つていきましょう
昨日のヤツ ->「天候気候は、自然からのいただき物です。人間の力で雨を止ませたり雲を動かしたり、台風を遠ざけたりすることはできません。(中略) 春、夏、秋、冬、と四季に順い、どのような気候であっても受け入れて、日常生活を送っていきたいものです。」
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不自由を強いられている人たちに、手を差し伸べても遠慮すると思います。
どのような気候でもあっても受け入れることを薦めている筆者ならびに倫理法人会ですから。
昨日は自然の中で自給自足がベストみたいなこと言っておいて、今日は文化生活こそが有難いって・・・矛盾している。
内容は置いといて、昨日と本日のセットで「ベストあちゃ〜」ですね。
その通りですね。順番考える人はいないのでしょうか?
不自由を体験してから物を言いましょう。いっその事、マグロ漁でも出てみます?体験談が聞きたいです。
この冊子は全く一貫性が無いな。
昨日:「どのような気候であっても受け入れて、日常生活を送っていきたいものです。」
本日:「働く会社があり、飲食ができ、お風呂に入り布団で寝る生活こそが有難いのではないかと感じたからです。」
相反する文章です。
物事を適当な角度から見て、不適当な言葉を使い、前日に何を言ったのか忘れてしまうような人から「職場の教養」なるものを指導して欲しくはありません。
おそらく筆者は精神的におかしくなっており、「助け合う」「支え合う」のではなく、「助けて欲しい」「支えてほしい」と読者に訴えたいのだと思います。
しかし、それは倫理法人会内で解決してください。
あなた方もプロなんでしょうから。
これらの文章に感想を言う必要は、一切ありません。
職場の強要筆者、痴○症説。忘れる病気ならしゃーない。
やっぱり頭いかれてるよ、この宗教は。
土曜日まで朝から不快な気持ちにさせやがって。
倫理法人会もその信者も、社会から消え去ってほしい。
「自分にできる手助けをしたい」だの「温かい手を差し伸べたい」だの、
具体性が全く無い上に、何だか上から物言ってません?
ウチの信者経営者も口先ばっかで腹が立ちます。