2020/01/09 穿った見方

慣用句は、会話の中に盛り込むと、伝えたいことが相手に伝わりやすくなる、とても便利な言葉です。しかし、その本来の意味を知らずにいると誤解を生むこともあります。
Aさんは、先輩との会話の中で、「君はいつも、物事に対して穿った見方をするよね」と言われたことがありました。
その時、Aさんは先輩の言葉に少しムッとしました。というのも、「穿った見方」とは、「ひねくれたような、疑ってかかるような見方」だと思っていたため、そのように言われるのは、先輩から批判されたようで心外だったのです。
ところが先輩の口調は批判的ではなく、どちらかというと感心しているような雰囲気でした。怪訝に思いつつ辞典で調べてみると、「穿った見方」には「物事の真相や人情の機微をしっかりととらえる」の意味もあることを知りました。
もしもその時、[穿った見方なんてしていません]と先輩に伝えていたら、謙遜と受け止められたでしょうか、物事を知らない後輩だと思われたでしょうか。

今日の心がけ◆慣用句の意味を調べましょう

多分このサイトにうまくまとまっています。

そのうち「穿った」は「疑って」に日本語の意味が変わってきます。っていうかもうすでに変わっています。

 

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10 件のコメント

  • 今日の筆者は恐ろしく頭の悪い人ですね。

    「慣用句は、会話の中に盛り込むと、伝えたいことが相手に伝わりやすくなる、とても便利な言葉です。」と書かれていますが、内容は「慣用句は、会話の中に盛り込むと、誤解を生む、とても不便な言葉です。」と言うものです。

    相手も本来の意味を知っていることを前提とした慣用句ですが、「穿った見方」って会話の中に盛り込みますか?
    ありえないでしょう。

    今日の心がけでも書いていますよね。
    意味を調べなくてはならない慣用句を「とても便利な言葉」と何故言えるのでしょう?

    呆れてものが言えない。

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  • そんな誤解を生むような言葉を使うのはリスクしかありません。誤解を生む虞があるなら最初から使わないのが正しいです。
    糞本を参考にして使う知ったかぶりが一番の馬鹿だと言えます。

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  • この本の登場人物は本当に変な人ばかりだ。
    これこそまさに宗教なのだろうが。
    そもそも穿った見方なんて言葉、現代ではほどんど使われていない。
    倫理法人会ではカッコつけて知ったかぶりの慣用句を使うことを推奨しているようですが、世間に生きる健常者は相手に伝わりやすい言い方を心がけることが望ましいと思います。
    慣用句の意味を知らなかったAさんが悪いのではなく、世間離れした言葉を使っている信者先輩が悪いんです。
    Aさんも「穿った見方とはどういう意味ですか?」と意味を確認すればいいだけ。
    信者企業では先輩や上司に意見をできない環境が多いうえ、Aさんのようにすぐに感情的になる人が多いから、意味の確認が難しかったんでしょう。
    先輩は全て正しいというこの宗教の風潮、なんとかなりませんかね。
    こんな信者企業に未来はない。

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  • 今日、理性を失った人が活力朝礼をするという夢を見ました。非常に気持ち悪かったです…。
    まあ、YouTubeにある活力朝礼の動画とたいして変わりありませんでしたがw

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  • 辞典の編著者の特集を見たことがありますが、意味は時代で変わっていくという事で
    それを辞書はどう載せるべきか?という苦悩や思いを伝えていました。ほとんどの人が間違った使い方、捉え方をするなら
    その言葉はそういった意味になるんだろう。と。
    まぁそれはそれとして、今日の強要が言いたいのは
    「お前らは邪推ばかりしているんだろ」と一方的に決めつけた内容だと捉えました。

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  • 管理者様の挙げてくれているサイトには「穿つ」の意味としては「物事の真実を云々・・・」の意味と書かれていますが、
    「穿った見方」の意味は書かれていません。例文でも「人間の心理の機微をうがったものであった」であって、うがつの後に見方を付ける慣用句は使われていません。
    「穿った見方」という言い方は「物事の本質を捉えようと鋭い視点で見る」という意味になるが、ある種皮肉っぽく聞こえるので、【穿ち過ぎ】の意味にとらえられると思います。
    よって「君はいつも、物事に対して穿った見方をするよね」の意味は本質的には「君って、物事の本質を捉えようと鋭い視点で見ているつもりになってるけど、いつも的外れだよね(笑)」となります。

    今日の心がけ
    慣用句には単語そのままの意味だけではなく、「独立した単語の複合により、異なった意味を持つようになった定型句」(ウィキペディアより)であることを知りましょう(笑)

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    • 補足
      上記は素人の適当な考察なんですが、そもそも「穿った見方」って「慣用句」なんですか?
      「舌の根の乾かぬうちに」や「あいた口がふさがらない」「尻(しり)が軽い」などが慣用句ですよね。(適当にgoogle調べ)
      単語の意味としては「うがった見方」はみんなが本来の意味として誤用して使っているといえますが、
      職場の教養の著者は「慣用句」と定義するのならば「穿つ」の単語の正しい意味を言ったってしょうがないんじゃないでしょうか?

      慣用句:
      『慣用句(かんようく)とは、習慣として長い間広く使われてきた、ひとまとまりの言葉・文句や言い回しのことで、類語に成句や成語がある。』

      職場の教養は明らかに間違った知識を言うことが多いので、本当に害悪です。

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  • 非常にわかりやすい解説です。
    慣用句は、本来の意味と現在使っている多くの人が認識している本来の意味と違う意味があり、その間で非常に不安定に存在していると言うことでよろしいでしょうか。
    と言うことになると、その本来の意味を知っていても発言者がどちらの意味で言っているのか確認する必要が出てきます。
    発言者の言い方で判断することができるかもしれませんがリスクがあります。
    やはり慣用句は非常にデリケートな言葉で、安易に日常会話で使うのは避けた方が良いようです。

    慣用句ではありませんが、最近テレビで「れる」「られる」について触れる機会が多いので、気になってしょうがありません。
    いっそのこと、英語直訳のように「することができます、できません」の方がわかりやすいか…とも思ってしまいます。

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