A氏は、職場では目上の人に対して当たり前のように敬語を使っていますが、家庭では〈家族との会話では配慮を欠き、尊敬の念が薄れているな〉と感じていました。そんな折、A氏は海外で暮らす親戚の結婚披露宴に出席しました。そこで目にしたのは、日本の感覚とは少し違う、年長者への徹底した敬意の示し方でした。数百人の招待客が集う中、配年配の親族が会場に入るたび、席に着いていた若者がすぐに立ち上がり、丁寧に挨拶を交わす光景が広がっていたのです。和やかな雰囲気の中で自然に行なわれる行動に、A氏は深い感銘を受けました。同席した知人に尋ねると、その国では儒教の精神が深く根付いており、年上と年下の間にある道徳的な秩序「長幼の序」に基づく行動だと教えてくれました。A氏は、年長者に対する敬意が文化として息づいていることに驚き、改めて礼節の意味を考えさせられました。帰国後、A氏は仕事の関係者や家族に対して、より一層礼節を重んじていこうと心に決めたといいます。礼節は、国や文化を超えて、人と人とを結ぶ大切な架け橋なのです。
今日の心がけ◆日常で礼節を大切にしましょう
僭越ながら筆者の心境を代弁させていただきます。
俺を敬え
で、その儒教の教えの国とのつながりをググってチャッピーで色々と調べてみた結果です。
1. 北京に現地事務所がある
2. 中国社会科学院という国家系機関と30年以上交流している。
3. 学術交流だけでなく普及活動・青年交流もある
4. 中国事務所の所長級人物が長年関与している
まず強い材料は、中国事務所の存在です。倫理研究所は公式に、北京市内に中国事務所を構え、現地で倫理普及を推進していると説明しています。しかも内容は「交流しました」で終わらず、中国語版ホームページの充実、諸機関とのタイアップ、交流事業の実施まで書いています。これは単なる一回限りの訪問ではなく、現地拠点を伴う継続活動です。
次に相手先です。倫理研究所は公式に、中国社会科学院哲学研究所との交流が30年以上続いているとし、1987年に北京の中国社会科学院で第1回日中実践倫理学討論会を開いたと説明しています。中国社会科学院は中国側の公式説明でも、国務院直属の事業単位で、党中央・国家の意思決定に資するシンクタンクとされています。なので、相手はただの民間学者グループではなく、国家系の中核研究機関です。
さらに、交流は学術だけではありません。年次報告の公開断片では、中国事務所を拠点に既存の交流団体との関係を強化し、諸機関とタイアップしながら中国で倫理普及を進めたと複数年度で確認できます。古い年度でも、中国語版ホームページを通じた浸透促進や、中国倫理学会・浙江工商大学日本文化研究所との交流が記されています。つまり、学術交流、普及活動、広報活動が並行して続いています。
人脈面でも、外形はあります。年次報告の検索断片には、「倫理研究所中国事務所・于振忠所長」という表記が見えますし、研究所発行の研究ノートでも于振忠が、1999年に内蒙古の沙漠植林活動で倫理研究所と接点を持ち、その後に純粋倫理へ傾倒していった経緯を書いています。つまり、中国事務所は看板だけでなく、現地で長く動く担当者・所長級の存在が確認できる状態です。
これがソース付で事実確認出来た範囲ですが、それ以上資金的流れ等は分かりませんでした。
他にはどういう関係があるんだろう?
感想例
事務・管理職向け
私は普段の事務作業の中で、つい自分のことばかり考えてしまい、周りの方への配慮が足りていないのではないかと反省いたしました。年齢に関わらず、長く働いている先輩方への敬意はもちろんですが、仕事の進め方で迷った際の報告や相談を、単なる義務ではなく、お互いの信頼を築くための礼節として捉え直したいと思います。まずは、毎朝の挨拶を自分から丁寧に行うなど、身近なところから職場の良い雰囲気作りに努めていきたいです。
- 自分のことだけでなく周りの方への配慮を意識する
- 報告や相談をお互いの信頼を築くための礼節と捉える
- 毎朝の丁寧な挨拶など身近な行動から雰囲気作りに努める
技術・製造・現場職向け
現場での作業に慣れてくると、つい気が緩んでしまい、共に働く方々への気遣いがおろそかになっているのではないかと少し不安に感じました。礼節というと難しく聞こえますが、現場においては、道具を大切に扱うことや、次の工程の人が作業しやすいように整理整頓しておくことも、一つの思いやりだと思います。これからは、年齢や経験に関係なく、お互いが安全に気持ちよく仕事ができるよう、小さな気配りを心がけていきたいです。
- 慣れによる気の緩みを戒め、周囲への気遣いを忘れない
- 道具の扱いや整理整頓も次工程への思いやりと考える
- 誰もが安全に気持ちよく作業できるよう小さな気配りを心がける
営業・サービス職向け
お客様への対応において、私は表面的な言葉遣いばかりを気にしてしまい、本当の意味での思いやりが欠けているのではないかと恥ずかしく思いました。本文にありましたように、自然な行動で敬意を示すことが大切だと感じます。これからの営業活動では、ただ商品を説明するだけでなく、お客様のお話をよく聞き、相手の立場に立った誠実な態度を示すことで、心と心をつなぐような信頼関係を少しずつ築いていけたらと思っております。
- 表面的な言葉遣いだけでなく本当の思いやりを持つ
- 相手の話をよく聞き、誠実な態度で自然な敬意を示す
- 相手の立場に立ち、心と心をつなぐ信頼関係を築いていく
本の紹介
「上から目線」の構造 榎本博明
本文では「長幼の序」という言葉で年長者への無条件の敬意が美化されていますが、本書は、年齢や立場だけを理由に相手に敬意を強要する行為が、実は上の人間の「心理的な自信のなさ」や「自己愛」の表れであると鋭く指摘し、それを否定しています。 職場で「目上なんだから敬え」という理不尽な同調圧力に息苦しさを感じている方や、意味のない年功序列の空気にモヤモヤしている方にぜひおすすめしたい一冊です。

年長者への徹底した敬意?
エセ倫理の言う経緯は、一般的な経緯とは全く違いますね。しかも徹底と書いている。
エセ倫理の基本となる絶対的上下関係を徹底しろということを遠回しに言っています。
エセ倫理に絶対服従なんかしていたらロクなことありませんよ。
それにしても、人間が腐りきっている奴らは、エセ倫理に限らずにありがたい言葉などを用いて、人を操ろうとしているから悪質極まりありません。
思い通りにならないとすぐにブチ切れるのだから、本心丸出しで、お前らは俺らを徹底して敬えと言った方がマシ。
本当にありがたい言葉通りのことができる人間は、人にありがたいことを説教したり、強要したりしませんよ。
有難い言葉を連発=人格者ではなく、人を操ろうとしているロクでもない人間です。
普段の行動、特に目下の者への態度はありがたい言葉とはかけ離れていますよ。
それでも騙されるケースがあるから有難い言葉を連発しているのでしょうけど。
もちろん、この職場の強要も同じです。決して信じてはいけませんよ。求めているのは奴隷関係です。
さすが、倫理法人教。宗教的な上下関係はよくわからないです。私は常にフレンドリーな関係を望んでいます。(笑)