24節気では立春を迎えましたが、まだ木枯らしや冷え込み、降雪といった冬の気候が支配する地域があります。
とは言え、これから少しずつ夜明けの時間が早まり、やがて梅のつぼみが膨らみ始めます。冷たい空気の中にも、ほのかに春めいた匂いが漂い、ゆっくりと季節の移ろいを感じられるようになるでしょう。
しかし、慌ただしい日々を過ごしていると、こうした微細な変化に気づかないまま、いつの間にか季節が変わってしまうことがあります。けれども、このような些細な兆しを捉える感性は、仕事においても有益に働くことがあります。
例えば、会議や取引先との打ち合わせで相手の表情にあらわれるわずかな変化、機械や道具が発する音の違い、あるいは計算書類にあらわれた通常とは異なる数値などに早めに気づくことができれば、先手を打つことができます。
春の足音が聞こえ始めるこの時期、自然に目を向け、その兆しを感じ取ることを意識してみましょう。きっと、気づきの感度が磨かれていくはずです。
今日の心がけ◆兆しを敏感に捉えましょう
社員に心の余裕を持たせるどころか、顔色を常に伺うような、息の詰まる労働環境を推奨している。
まさに社畜。
感想例
事務・管理職向け
立春を迎え、少しずつ春の気配を感じるようになりましたが、日々の忙しさに追われ、そうした変化を見落としていたと気づかされました。業務においても、慣れが生じると書類の細かな数字の違和感や、職場の空気の変化に対して鈍感になってしまうことがあります。これからは心に余裕を持ち、小さな変化を「兆し」として捉える感性を養いたいと思います。そうした気づきの積み重ねが、ミスを未然に防ぎ、チームの信頼につながると信じて業務に取り組みます。
- 慣れによる見落としを反省する
- 心に余裕を持ち「兆し」を捉える
- 信頼につながる仕事をする
技術・製造・現場職向け
現場で作業をしていると、つい目の前の手順をこなすことだけに意識が向きがちです。しかし、本文にあるように、機械の音や道具の手触りなど、五感を使った「気づき」こそが、重大なトラブルや事故を防ぐ鍵なのだと改めて学びました。小さな異変を気のせいで済ませず、何かおかしいと立ち止まる慎重さを大切にしたいと思います。季節の変わり目を感じ取るような繊細な感覚を仕事にも活かし、安全と品質を守るために丁寧な作業を心がけます。
- 五感を使った気づきを大切にする
- 小さな異変を放置しない
- 安全と品質のために感性を磨く
営業・サービス職向け
お客様との会話に集中するあまり、相手のふとした表情や、言葉にならないサインを見逃してしまっていたかもしれないと反省しました。季節の移ろいと同じように、人の心も絶えず変化しているものです。これからは、言葉だけでなく、相手の雰囲気やわずかな変化にも心を配り、お客様が言葉にされていない要望や不安を汲み取れるようになりたいと思います。細やかな気配りを通じて、より深い信頼関係を築けるよう、誠実な姿勢で向き合っていきます。
- 相手の言葉にならないサインに気づく
- 雰囲気や変化に心を配る
- 気配りで信頼関係を築く
本の紹介
鈍感力 渡辺淳一
著者は、鋭敏な感性を持つことよりも、些細なことを気にしない「鈍感さ」こそが、現代社会を生き抜くための最大の才能であると説いています。本文では「兆しを敏感に捉えろ」「気づきの感度を磨け」と神経を研ぎ澄ますことを求めていますが、本書はその真逆を行き、「敏感すぎることはストレスの原因であり、むしろ鈍感であるほうが心身の健康や仕事の成功につながる」と主張しています。些細な変化に気づくことを強要され、神経をすり減らしている読者にとって、心の重荷を下ろしてくれる救いの一冊です。

今回の文章を読んでみてもわかるように、筆者はとうの昔に定年を迎えて、悠々自適な生活を送っている老人のようです。とても仕事をしている人の持論とは思えない。
人とは違う感覚を持っている老人だからこそ、時間の余裕があり、誰かが相手をしてくれないかとばかりの欲求が滲み出ています。現役世代が参考にできる教養なんてものがどこにもないようです。
「職場の教養」が説く「兆しを敏感に捉える力」は、一見すると仕事に役立つ姿勢のように映ります。相手の表情の変化や数値の異常にいち早く気づくことは、確かにトラブルの予防につながるでしょう。
一方で、渡辺淳一氏の『鈍感力』は、そうした「過度な敏感さ」こそが、現代人を疲弊させる原因だと指摘します。すべての変化に反応し、あらゆる兆しを拾い上げようとすれば、心も体も持ちません。重要なのは、気づくこと以上に、「気にしなくてよいものを切り捨てる力」だという考え方です。
この二つを対比すると、本来、仕事をしている社員に求められるのは「常に神経を張り巡らせること」でも「何も感じないこと」でもないということが見えてきます。
必要なのは、
・仕事の成果や安全、信頼に直結する兆しには意識を向ける
・自分ではどうにもならないこと、過剰な気遣い、無意味な同調圧力には鈍感でいる
という、感度の使い分けではないでしょうか。
兆しに気づく力とは、四六時中アンテナを立て続けることではありません。
「ここは注意すべき場面か」
「今は深追いしなくてよいか」
を自分で判断できることこそが、仕事における成熟した姿勢です。
社員が本来身につけるべきなのは、感性を酷使する精神論ではなく、自分のエネルギーをどこに使い、どこで手放すかを選べる判断力です。
それがあってこそ、長く働き続けることができ、結果として仕事の質も守られていくのだと思います。
管理人さんの言うようにエセ倫理では、目下の者には信者の顔色を常に窺うような環境を推奨していますし、実践しています。
これは職場だけではなく、モーニングセミナーも同じ。気に入らないと会員スピーチで、さらし者にされたりしますよ。
こういう倫理指導を見ているので、信者たちが職場で実践する。例えば活力朝礼でも感想が気に入らないとさらし者にされたり…
しかし、活力朝礼中の社員の表情にあらわれるわずかな変化や急ぎの電話を「朝礼中ですので、折り返し電話をします」と対応された得意先の気持ちなどわずかな変化は気づくことができないので、さらに環境を悪化させています。
この本は職場の教養ではありません。職場を良くするための内容ではなく、目下の者を奴隷化したり、いじめるための本です。
だって、信者自身が仕事を放り出して、エセ倫理にハマりこんでいるんですから、職場を良くするための内容を書いても仕方がないでしょう。
業績が悪化して、社員に八つ当たりしている延長戦でエセ倫理にハマったりするケースが多いんですから。その延長戦の内容を書いているだけです。しかも、有難い言葉で騙そうとする悪質な内容で。