A氏が勤める会社は、今期で創業50年を迎えました。会社でささやかなお祝いの会が催され、その後、自宅に戻ると会社から贈り物が届いていました。
その贈答品には「このたび本社は創業50年を迎えることができました。これもひとえに皆様の努力はもとより、ご家族の温かいご支援の賜物(たまもの)と深く感謝申し上げます」とメッセージカードが添えられていたのです。
このメッセージを見たA氏の妻は、「社員を大切にする会社に長く勤められて本当にありがたいよね」と、にっこり笑いました。
相手への敬意や配慮を示す「心や言葉を添える」、物を大切に扱う所作の一つである「手を添える」など様々な表現がありますが、何かを「添える」という行為は、良好な人間関係を築く上で欠かせない行ないといえるでしょう。
例えば、応対時に「もしよろしければ」「差し支えなければ」「恐れ入りますが」などのクッション言葉を使うだけでも、相手が受ける印象は変わるでしょう。
和やかな家庭や職場を築くために、言葉に思いやりを添えて伝えましょう。
今日の心がけ◆思いやりを添えましょう
よくわからんかなぜ家族に送る。今の時代いろいろ配慮するんじゃないか?
なんの意図だ? って勘ぐってしまいます。
感想例
事務・管理職向け
日々、書類の作成やデータの処理に追われていると、どうしても効率を優先してしまい、言葉足らずなメールを送ってしまうことがあります。 これからは、忙しい時ほど「恐れ入ります」や「お手数ですが」といった言葉を意識して添えるようにしたいと思います。単なる事務的なやり取りではなく、相手への配慮を一言加えることで、円滑な人間関係を築き、チーム全体の信頼を高めていきたいです。
- クッション言葉を意識して使う
- 事務的な対応に配慮を加える
- 信頼関係の構築に努める
技術・製造・現場職向け
「手を添える」という言葉から、安全管理や品質への姿勢について考えさせられました。私たちの現場でも、道具を渡す時や次の工程へ物を送る時に、ただ置くのではなく、丁寧に手を添える動作一つで安全性が大きく変わります。 慣れた作業であっても、雑に扱うのではなく、次に使う人のことを考えて丁寧に扱うよう心がけたいと思います。そうした小さな配慮の積み重ねが、事故の防止や品質の向上につながり、ひいては会社の信用を守ることになると感じました。
- 丁寧な動作で安全を守る
- 次の工程の人を思いやる
- 小さな配慮で品質を高める
営業・サービス職向け
お客様と接する際、商品やサービスを提供するだけでなく、そこに私自身の「感謝の気持ち」をどう添えるかが大切だと改めて感じました。 マニュアル通りの対応だけでなく、お客様の状況に合わせた一言や、温かい表情を添えることを意識したいと思います。言葉の端々に相手を敬う気持ちを乗せることで、お客様に「この人に頼んでよかった」と思っていただけるよう努めていきます。
- 感謝の気持ちを態度で示す
- 相手に合わせた言葉を選ぶ
- 心に残る対応を心がける
本の紹介
管理される心――感情が商品になるとき A.R.ホックシールド
この本は、今日の文章で推奨されている「思いやりを添える」「笑顔を作る」といった行為が、実は「感情労働」という過酷な労働の一形態であることを社会学的に解き明かした名著です。著者は、職場で「心を添える」ことを強要されると、労働者は本当の自分と演じている自分との乖離に苦しみ、精神を摩耗させていくと警鐘を鳴らしています。「会社のために心を使い果たしたくない」「なぜ給料以上に愛想を振りまかなければならないのか」と疑問を感じている方にとって、自分の心を守るための理論的支柱となる一冊です。

昭和の時代ではないんだから、勝手に社員の家に物を送らない方が良い。
倫理法人会が入り込んでいる会社であることは、内緒なんだから。
今回の「職場の教養」は、贈答品に添えられた一言や、クッション言葉の効用を例に挙げながら、「思いやりを添えること」の大切さを説いています。
確かに、言葉を一つ添えることで、相手の受け取り方が柔らぐ場面は少なくありません。その意味で、「添える」という行為自体を否定する必要はないでしょう。
しかし問題は、その「思いやり」が誰の意思で、どこまで求められているのかです。
紹介されている『管理される心――感情が商品になるとき』(A.R.ホックシールド)は、まさにこの点に警鐘を鳴らします。
著者が明らかにするのは、笑顔・共感・気遣いといった「心を添える行為」が、職場ではしばしば業務として管理・要求される感情労働へと変質する現実です。
本心とは別に、
・常に感じの良い態度を求められる
・感謝や共感を“示さなければならない”
・不満や違和感は飲み込むのが大人だとされる
こうした状態が続けば、人は「本当の自分」と「演じている自分」の間で摩耗していきます。
ここで考えるべきは、「思いやりを添えましょう」という呼びかけが、いつの間にか“心まで差し出すこと”を当然視していないかという点です。
社員が本来持つべき姿勢は、無理に心を削って愛想を振りまくことではありません。
・敬意は、義務ではなく選択であること
・感情は、評価や管理の対象にしないこと
・思いやりは、強制された瞬間に価値を失うこと
これらを意識することこそが、自分の心を守りながら働くための教養ではないでしょうか。
職場に必要なのは、「思いやりを添え続ける人」ではなく、思いやりを“消耗品”にしない仕組みです。
心を添えるかどうかを選べる余地があってこそ、その一言は、本当の意味で相手に届くのだと思います。
「思いやりは、強制された瞬間に価値を失う」
* 精神論への違和感
* 善意が義務にすり替わる瞬間への警戒
* 「教養」という名で個人の心が動員されていく構図への疑問
「職場の教養」で繰り返される「思いやりを添えましょう」「感謝を伝えましょう」「笑顔を忘れずに」という表現は、一見すると美しく、否定しにくい。しかし、それが“すべきこと”として提示された瞬間、思いやりは自発的な行為ではなく、評価される態度・管理される感情へと変わってしまう。だからこそ、精神論として強要された時点で「価値を失う」―この結論は、とても論理的で、一貫しています。
これは単なる批判ではなく、「心を守るための教養」を取り戻す提案になっています。
和やかな家庭や職場を築くために、言葉に思いやりを添えて伝えましょう?
エセ倫理や信者たちが伝えているのは、目下の者を人とも思っていない腐りきった下心でしょうが。
いくら有難い言葉や思いやりを添えた言葉でも、エセ倫理や信者たちは、目下の者を奴隷化しようと心に隠している下心が伝わっていますよ。
和やかな職場というのは、目下の者が奴隷になる職場のことをいうのでしょうか?
また、得意先からの急ぎの電話に「朝礼中ですので」と添えることは、思いやりというのでしょうか?
エセ倫理とはほど遠いのが思いやりです。
なぜ社員本人の同意も無く勝手に自宅に送り付けてんの?
やめろよ気持ち悪いから
それに今の御時世ではどんなトラブルに発展するか分からないんだぞ
情報が外に漏れててそれを元に詐欺で何か送りつけられたりとかな
社員宅に勝手に送り付ける会社なら社員の家族も詐欺を信用するかもな