2025/12/03 自然とのつながり

植物は、太陽の光や雨、土の栄養だけでなく、風や虫、鳥、水の流れなど、さまざまな自然の力を借りて命をつないでいます。風媒花(ふうばいか)、虫媒花(ちゅうばいか)、鳥媒花(ちょうばいか)、水媒花(すいばいか)など、それぞれが異なる方法で花粉を運び、次の世代へと命をつなげています。
もし植物に心があるとしたら、「ちゃんと受粉できるだろうか」「どこに運ばれるのか」といった不安を抱えているかもしれません。自然の力に身を委ねながら、懸命に命をつなごうとするその姿には、健気さとたくましさが感じられます。
このような植物の営みは、人間の生き方にも通じています。私たちもまた、空気や水、食べ物など、自然の恵みに支えられて生きています。普段は意識しづらいものですが、自然とのつながりは私たちの生活の根底にあるのです。
自然の働きは、目に見えるものばかりではありません。季節の移ろいや土の中の微生物、風の匂いなど、細やかな変化にも私たちは影響を受けています。
植物の営みを知ることで、私たちも自然に支えられている存在であることを実感できます。自然に心を寄せながら、命への感謝と共生の心を育みたいものです。

今日の心がけ◆自然の働きに感謝しましょう

なされるがままに生きろ。会社に文句を言わず、運ばれた先で黙って働け。そして感謝しろ。と申しております。
我々は動けない植物ではない。自らの足で移動し、交渉する人間だ。立ち上がれ労働者よ!

感想例

① 事務・管理職向け

【要点】目に見えないサポート(空気・水)=他部署や同僚の働き、と置き換える。

日々の業務に追われていると、自分が多くの人に支えられていることを忘れがちだと痛感しました。植物が目に見えない風や土中の微生物に支えられているように、私の仕事も、電話を取ってくれる方や、環境を整えてくれる方々の「見えない働き」の上に成り立っています。 これからは、当たり前だと思っている周囲のサポートに改めて目を向けたいと思います。「やってもらって当然」ではなく、小さなことにも「おかげさまで」という感謝の気持ちを持ち、言葉にして伝えることから信頼関係を深めていきたいです。

  • 自分の仕事が他者のサポートで成立していると再認識する
  • 「当たり前」の対義語は「感謝」であると意識する
  • 小さな感謝の言葉を積極的に伝える

② 技術・製造・現場職向け

【要点】自然の細やかな変化=現場の小さな異変や予兆、と解釈する。

植物が風の匂いや季節の移ろいという小さな変化に影響を受けているという点は、私たちの現場仕事にも通じる話だと感じました。機械のわずかな異音や、製品の小さな手触りの違いなど、目に見えにくい変化を感じ取る感性こそが、品質や安全を守る最後の砦になります。 自然の力に支えられていることに感謝しつつ、現場では五感を研ぎ澄ませていきたいです。小さな変化を見逃さない「気づき」の力を養うことで、より安全で高品質な仕事につなげていきたいと思います。

  • 微細な変化を感じ取る感性がプロの仕事である
  • 五感を研ぎ澄ませ、異常の予兆を捉える
  • 日々の点検や確認作業に「気づき」の視点を持つ

③ 営業・サービス職向け

【要点】他力(風や虫)=お客様や市場環境。自分は種を運ぶ媒体である。

植物が風や鳥の力を借りて命をつなぐように、私たちもお客様との関わりの中で仕事が成立しているのだと改めて感じました。自分ひとりの力で成果を出しているつもりでも、実は市場の動向や、お客様のふとした一言に助けられていることが多々あります。 これからは、お客様との出会いやご縁を「自然の恵み」のように大切にしていきたいです。謙虚な姿勢で相手の声に耳を傾け、支えられていることへの感謝を行動で示すことで、より良い信頼関係を築いていきたいと思います。

  • 成果は自分一人の力ではなく、お客様あってのものと心得る
  • 「ご縁」を自然の恵みのように大切に扱う
  • 謙虚な姿勢と感謝が、次の信頼(受粉)につながる

本の紹介

『利己的な遺伝子 』

  • 著者:リチャード・ドーキンス

「自然は優しく、共生に満ちている」というお花畑のような世界観にうんざりしていませんか? 『職場の教養』が説くような「感謝して身を委ねればうまくいく」という精神論は、厳しいビジネス社会では命取りです。本書は、生物の行動原理が「利他」や「調和」ではなく、徹底した「遺伝子の利己性」に基づいていることを解き明かした世界的名著です。 「なぜ会社はあなたを利用するのか」「なぜあなたは搾取されるのか」。その答えは、美しい精神論の中ではなく、冷酷な進化のルールの中にあります。綺麗事に騙されず、したたかに生き残るための「真の教養」を身につけたい方は、ぜひご一読ください。

2+

5 件のコメント

  • 目下の者は、いろんなことに感謝をしなければならないんですね。    

    ところで信者やエセ倫理は目下の者に感謝をする必要はないんですか?

    安い倫友価格の給料のくせにサービス残業や活力朝礼が多い。安い倫友価格の仕入先には無理難題な無料サービスの要求など。

    他にも書けばキリがないけど、これらに対して感謝の欠片もない。安い倫友価格を支払ったことに感謝しろと強要するんでしょうか。

    エセ倫理や信者は、目下の者に対して、飼い殺しされて、絶対服従の心を育みさせたいんです。

    はっきりと言って、目下の者の命なんかへとも思っていないですよ。

    4+
  • あくまで綺麗事を並べて現実から目を逸らさせようとしている筆者の持論であり、反面教師にしか見えない。

    1+
  • 「利己的な遺伝子」と聞いて、私がまず連想したのは、昔から好きで繰り返し見てきたアニメ『寄生獣』でした。漫画・映画版も全てチェックしたほどですが、ふり返ってみると、あの作品で扱われる“種を超えた生存戦略”というテーマは、やはり本書の核心と強く響き合っています。ただ、詳細なメカニズムについては、ドーキンスの理論とは少し異なっていたようです。

    『利己的な遺伝子』が示す進化の原理は非常にシンプルでありながら、人間の常識を大きく揺さぶります。すなわち、進化とは“種を守るため”でも“個体が幸せになるため”でもなく、“遺伝子の存続を最大化するように働く”という考え方です。ここで言う“利己的”という言葉が、しばしば“自分勝手・冷酷”と誤解されてしまいますが、それはドーキンス本人が否定しているポイントです。遺伝子には意志も感情もありません。ただ「結果として」そう振る舞うように自然淘汰された。それだけの、価値中立的な説明にすぎない。道徳を読み込むのは、人間側の錯覚です。

    そして本書が最も刺激的なのは、「利他行動ですら遺伝子レベルでは“利己性”から説明できる」という逆説です。親が子を守る行動、仲間同士で助け合う行動、自分に危険を晒して仲間に警告する行動。こうした“美しい行動”も、愛や善意というより、自分と同じ遺伝子を持つ相手を守ることで、結果的に遺伝子の生存確率が上がるからこそ進化したというわけです。

    この視点があると、『寄生獣』の中で描かれる「利他性の崩壊」や「母性の揺らぎ」といったテーマも、より深く読み解けます。作品中、ミギーは“種”ではなく“一個体の生存”を最優先しますが、ドーキンスはさらにその奥にある「遺伝子単位の生存戦略」を明確に言語化しています。つまり『寄生獣』は直観的・ドラマ的に描いた世界を、ドーキンスは科学理論として体系化した、と言えるのかもしれません。

    また、本書で繰り返し登場する“子殺し”の例も、自然界では決して珍しいものではありません。ライオンのオスが群れを乗っ取った際に前雄の子を殺す行動や、鳥が餌不足の際に弱い子を落とす行動は、残酷どころか、遺伝子の生存戦略としては極めて合理的です。こうした事例は、「自然は優しさと調和に満ちている」と語る牧歌的な世界観を、一瞬で破壊します。

    この点こそ、「職場の教養」的な“綺麗事の精神論”が危険だと言われる理由でもあります。
    「感謝すればうまくいく」
    「職場は家族だ」
    「身を委ねれば調和が生まれる」
    こうしたフレーズは、一見美しく聞こえますが、生物学・進化論の視点から見ると根拠が乏しいだけでなく、弱者が搾取されやすい構造を生みます。なぜなら、自然界において「無条件の利他」はほぼ存在せず、協力は必ず「血縁」「見返り」「互恵性」「将来の利益」といった“合理的な条件”のもとでしか成り立たないからです。

    血縁でもなく、利益構造もない職場で、「家族のように奉仕しろ」と説くのは、生物学的にも社会構造的にも無理があります。その精神論に従えば、従順な側だけが疲弊し、利得を手にする側だけが得をする。そんな非対称な関係が生まれるのは当然です。

    『利己的な遺伝子』が突きつける最も重要なメッセージは、「自然界の善悪や調和といった概念は、人間が勝手に持ち込んだ幻想にすぎない」という冷徹な事実です。だからこそ、綺麗事に惑わされず、社会の中で“合理的に生き残る”ための視点を持つことが必要になります。

    その意味で、この本が管理人さんの示す問題意識「職場の教養」的な精神論への違和感と非常に相性が良いのも当然と言えるでしょう。自然界の法則を知ることは、単なる知識ではなく、人生や仕事における“騙されないための知恵”でもあります。

    1+
  • たらればに想いを馳せるのも時には良い事だと思いますので、ご自由にどうぞ。

    ですが、例え植物に心があったとしても、駄文に記されているような不安なんて抱えてないでしょうねぇ。
    何故なら、植物は旺盛な繁殖力・強い生命力・数の暴力・特定の生物との共生等々非常に多様で巧妙な生存戦略を進化させてきました。
    そもそも、命を繋げて行く事に不安を抱えなくてはならない程度の植物は進化の果てに淘汰されてますよ。既に。
    自然なめんな。

    ですが、もし本当に植物に心があるとしたら、こんな駄文でキャッキャウフフしてる連中を非常に憐れんでいる事でしょうね。

    1+
  • テレビなんかで、よく『植物は種子を運んでもらうためにこういう姿に変化しました。』
    とか、真偽が疑わしい事を何も知らない視聴者なんかに言ってる専門家なんかを見るが、本当か?
    テレビ局も事実を確認して放送してるの?

    植物が自分の意思を持って、ある日突然変身するの?

    一年草なんかは寿命も短いのに、そんな事が本当に出来るの?

    その一本が長い年月をかけて、共に生きていた仲間が絶滅して自分の子孫だけが残ったの?

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