2025/06/06 欠かせない仕事

私たちが日々取り組んでいる仕事は、業種や職場での立場によって異なり、様々な種類があります。ある程度ルーティンが決まっている仕事もあれば、常に変化する状況に臨機応変な対応が求められる業務もあるでしょう。
今年の春に社会人となった人の中には、現在も研修中という人もいるでしょう。業務内容を学ぶことも大切な仕事であることは言うまでもありません。
また、職場や仕事に慣れるまでは、比較的取り組みやすい仕事を任せられることが多いでしょう。時には、自分の能力が発揮できないもどかしさや、もっと職場に貢献したい、という思いを抱く(いだく)ことがあるかもしれません。
しかし、一見すると些細(ささい)で容易に思える仕事であっても、会社の事業目標などを達成するためには欠かせない働きなのです。どのような業務でも、〈大事な仕事を任されたのだ〉という責任感と誇りを持って臨むことが肝要(かんよう)でしょう。
自分が取り組む仕事は、すべて必要不可欠なものであると自覚し、朗らか(ほがらか)に職務を遂行(すいこう)したいものです。

今日の心がけ◆責任感を持ちましょう

もっと読者を納得させるような事を書けばいいのに。
「現状に甘んじろ」「疑問を持つな」労働者に過度な責任感を植え付け、不満を内面化させ、単調な労働にも「誇り」を持たせて従順に働かせようという典型的な精神論ですね。

感想例
たとえ今は小さな仕事や簡単な作業を任されていると感じることがあっても、それが全体の大きな流れの一部を担っているのだと考えると、もう少し丁寧に、責任を持って取り組む気持ちが湧いてくるような気がいたします。任された仕事の意味を自分なりに見つけながら、少しでも周囲に貢献できるように努めていきたいと思います。

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5 件のコメント

  • どうしてこう参考にならない内容ばかりなんだろう?
    職場の教養っていう言霊が泣いているよ。

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  • 自分が取り組む仕事は、すべて必要不可欠

    そんな事無いんだよな
    世の中の中小零細企業は突然倒産しても世の中何も変わりなく進んでいくよ
    星の数ほども有る中小零細の中の自分の会社が倒産しても他の会社が補うだけだからね
    そこの社員も他の会社に移れば良いだけ
    困るのは経営者と社畜だけだ

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  • この本の実態は職場の強要ですから、教養になる内容ではなく、目下の者にはいろんな責任や感謝などを強要する内容になります。

    信者たちはエセ倫理の会員であることに「誇り」を持っています。エセ倫理と関係のない場でも「倫理法人会の〇〇です」と自己紹介していました。しかし、責任感は持っているとは言えません。もちろん、責任は目下の者に強要するものですから。

    モーニングセミナーの最後に『今日一日、朗らかに安らかに喜んで進んで働きます』と唱和させるのですから、信者たちは朗らかに安らかに喜んで進んで働けるような環境を作ったらどうでしょうか?その責任は経営者や準経営者である信者たちの責任だと思います。

    その第一歩は活力朝礼の中止です。

    活力朝礼やエセ倫理関係の行事は必要不可欠なものではなく、社内だけではなく、社外にも迷惑をかけていることであると自覚し、速やかに中止してもらいたいものです。

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  • でもこの本で扱う内容は偉人の紹介ばかりじゃないですか。
    小さな仕事や容易な業務のことについては全然触れられない。
    どんなに取り繕っても本心では
    どデカい偉業>些細な仕事
    なのが見え見えです。

    2+
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