高校を卒業して15年が経つMさんですが、卒業式での校長先生の式辞は、今も人生の指針となっています。
校長先生は、「私たちの社会から消えつつある言葉の一つが『誠実』です」と前置きし、誠実が人間性を高める重要な要素であり、人々の誠実さが社会を支えていると述べたのでした。
さらに、卒業生に対して、「どんな小さなことでも誠実に行ない、他人には誠実に接する人間になってほしい」と語り、最後に「誠実であることは人間を偉大にする」と式辞を締めくくりました。
近年、Mさんは校長先生の言葉の真意に気づきました。校長先生は皆に「偉大な人間になれ」と叱咤(しった)したのではなく、「誠実というものは人間を偉大にする。誠実そのものが偉大なのだ」と伝えたかったのだと感じるようになったのです。
Mさんは、これからも業務に誠実に向き合い、お客様や職場の仲間にも誠実に接することで、良い社会づくりに貢献したいと考えています。
今日の心がけ◆誠実さを大切にしましょう
結局はどんな理不尽な要求にも文句を言わず従順に対応することを「誠実」という美名で正当化してるだけだろコレ。「誠実」という名の思考停止こそ会社にとって都合の良い従順な人間を作り出すための常套句じゃないか?
感想例
「誠実」というと、何かとても立派で難しいことのように感じてしまうのですが、今日の話を聞いて、もっと身近なことなのかもしれないと思いました。特別なことではなく、日々の仕事の中で、手を抜かずにきちんとやるとか、わからないことをごまかさずに確認するとか、そういう一つ一つの積み重ねが誠実さということなのかなと感じました。お客様や職場の仲間に対しても、正直に、真摯に向き合う姿勢が、時間はかかるかもしれませんが、信頼関係につながっていくのだと思います。大きなことはできなくても、まずは目の前のことに誠実に取り組むことを心がけていきたいです。
何回目かの紹介になりますが、オーディブルでタダで聞けます。
言ってはいけない――残酷すぎる真実
遺伝とか知能とか、人があんまり触れたがらない「残酷な真実」をデータで示しながら、道徳や平等といった建前だけじゃ語れないリアルを暴いていく。本文の「誠実さが偉大」みたいな話とは真逆で、理想論だけじゃ見えてこない、ちょっとビターな世の中の仕組みを教えてくれる一冊。ご一読あれ。
「誠実であることは人間を偉大にする」「誠実というものは人間を偉大にする。誠実そのものが偉大なのだ」という言葉に疑問を持って、自分自身で誠実とは何かを調べた方が良い。信者は何でもハイハイと言って思考停止するが、自分の人生は自分のものだ、こんな胡散臭い話に耳を傾けて自分の人生を台無しにして欲しくない。そもそも「偉大」になる必要があるか?
15年前は民主党を主体とした連立政権でした。現在の倫理研究所理事長は「日本会議」の代表委員でもあるので政治思想が合わない旧民主党を校長の言葉でさりげなくディスっているのだと思いました。
誠実さの欠片もないエセ倫理や信者たちに言われたくないです。信者にとって誠実な人間とは、自分たちの言いなりになって、しかも、自分たちの望む成果をすぐにあげてくれる人間です。たとえ言いなりになっても、平均値以上の成果であっても、多くの人が認める成果であっても、自分たちの望む成果でなければ役立たずと認定されます。
信者は、エセ倫理の有難い言葉をで思考停止するのではなく、目下の者を利用するために浅知恵ばかりを働かしています。つまり、人を騙すための道具ですが、浅知恵と有難い言葉と真逆の行動で、下心を見抜かれて上手くいきません。すると倫理指導という名の虐めに方向性が変わります。社内でも同じでしょう。