2025/04/02 親の眼差し

日々、当たり前のように仕事をしている私たちですが、一人前に働けるようになるまでには、長い時間と多くの人の支えや協力があったことでしょう。

A子さんには、この春、大学を卒業して就職した息子がいます。その息子が初めて出社した日のことです。

朝、玄関に置かれた真新しい鞄と革靴を見て、それまでまったく振り返ったことのなかった自分の就職時のことがはっきりと思い出されました。

緊張して家を出る自分を見送る両親の姿が目に浮かび、独り立ちする我が子の無事と幸せを祈る両親の気持ちと自分の気持ちが重なって感じられました。

息子が帰ってくると、初出社の話に花が咲きました。息子との会話の中で、A子さんは多くの恩人の中でも、その最初は両親であったことを実感したのでした。

人は、自分を支えてくれた人の存在に気づいた時、感謝の気持ちや優しさと共に心強さが湧いてくるものです。働く力の源はここにあるのではないでしょうか。

温かな眼差しに包まれ、守られた感覚を思い出すひと時を持ちたいものです。

今日の心がけ◆お世話になった人を思い返しましょう

働く力の源はそこには無いよ。責任の無い仕組みの中で生きた方が楽だから会社に入って仕事するんだよ。

感想例
自分が社会人になった時のことを少し思い出しました。当時は自分のことで精一杯でしたが、今思えば、両親や周りの人たちが陰ながら支えてくれていたのだろうなと感じます。仕事においても、普段当たり前のように助けてもらっている上司や同僚、後輩の存在にあらためて気づかされました。自分一人でできることには限りがあるので、周りの人への感謝の気持ちを忘れずに、自分も誰かの力になれるように、少しずつでも成長していきたいと思います。その第一歩として、まずは任された仕事をきちんとこなせるよう、日々の業務に真摯に取り組んでいきたいです。

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3 件のコメント

  • 綺麗事を並べて「感謝しろ」と言っています。
    何回も書くけど、「感謝」は言われてするもんじゃない。言葉が先行するものでもない。
    有難いなと感じた時、それが「感謝」と言うものだと知れば良い。

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  • A子さんの夫が話に出てこないのは、ブラック企業で早朝からの朝礼と夜遅くまでのサービス残業をしているからなんじゃないだろうかと思いました。

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  • エセ倫理得意の有難い言葉ですが、実態と真逆です。お世話になった人を思い返しましょうと言いながら、実際はお世話になった人よりもエセ倫理や信者を大事にしましょうと強要していますよ。

    例えば、得意先はお世話になった人とは言えないのですか?活力朝礼中に得意先から電話があった時に「朝礼中ですので、折り返し電話をします」と応えるのはお世話になっている人を大事にしていると言えるのですか?エセ倫理の名ばかり役職者の集まりのために営業時間や他の人との約束を破ってまで参加することは、お世話になった人を大切にしていると言えますか?お世話になった人を軽視して、エセ倫理や信者を大事にしていると言えます。

    もちろん、もっと酷いケースもありましたが、お世話になった人に不義理をしてでも、エセ倫理や信者を優先しましょうと強要しているのが実態です。まあ、お前らはエセ倫理や信者に世話になっているだろうとでも言いたいのでしょうが。

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