Kさんは、先日、隣の県に住む友人に会いに出かけました。その友人は、2か月ほど前に体調を崩して自宅療養を続けていました。「少し元気になったので、久しぶりに話でもしたい」と連絡があったので、すぐに会いに行ったのです。
レストランで昼食を取りながら、友人は、「療養中にいろいろ考えることがあった」と言って、その思いを語ってくれました。
「自分はこれまで、他人とは違う自分をいかに作り上げるかばかりを考え、自分の成長や自己の実現、何事も自分中心の意識で生きてきた。言ってみれば、自分を輝かすことばかり考えて生きてきたように思う」
友人はさらに、「最近は自分を輝かすよりも、他人を輝かすことの方が大事なのではと思うようになった。これからの人生は、他人を輝かせることに注力していきたい」と語りました。
Kさんは、大切なことを教えてくれた友人に感謝しつつ、両親や家族、職場の仲間を輝かすにはどうすればよいかを考えながら帰路につきました。
今日の心がけ◆他人を笑顔にしていきましょう
人それぞれですが、隠居してから考えれば良い事ではないかなーって思う。
でも残念な事に輝いている人の方ばかり評価されるんですよ。
感想例
同僚が困っているときに少しでも手助けをすることで、相手が輝く瞬間を生み出せるのではないでしょうか。日々の忙しさの中で、自分のことばかりを考えてしまいがちですが、少し立ち止まって他人を思いやる余裕を持ちたいと思います。具体的には、周囲の人が仕事で達成感を得られるようなサポートや声かけを意識していきたいです。他人の笑顔を増やすことが、自分のやりがいにも繋がるように思います。
1+
他人を笑顔にしていきましょうと言うのなら活力朝礼は辞めましょう
笑顔を無理に作っても意味が無いし、無理に作られた笑顔を見て主催者が自己満足しているだけです
これこそ倫理法人会の教えです。他人を笑顔にするために自分や家族、その他の人間関係も犠牲にしましょうということです。ただし、奴隷会員や社畜などの目下の者は人とは見ていません。あなたたちが輝く必要はありません。あなたたちは信者たちを輝かせて信者の評価を上げるようにしましょうと。
活力朝礼も他人を笑顔にするために必要なことです。活力朝礼で信者が笑顔になるのだから、あなたたちは犠牲になりましょうと。信者を増やす普及活動も自分のためにはならなくても、他人=新たな信者ではなく、スーパーバイザーや県会長のためになるので、必死になってやれと。そのためには他人名義を勝手に使って、お前らの人間関係が崩れてもかまわないということです。
この話は作り話ですね。
本来、体調を崩して入院して考えることは、自分の命は無限ではないと感じるでしょう。その命でもある自分の時間を、他人のために使うなどと考えるはずがない。これからはいかにして自分の人生(時間)を自分のために充実させるのか考えるはずだ。
これで『教養』ですよと、よく恥ずかしく言えるな。
自宅療養中に何かを悟ったのかもしれませんが、
人を助けるとは言いつつ、結局自己満足の世界に浸りたいだけでは?
「自分を輝かすよりも、他人を輝かすことの方が大事」
他人にとっては、余計なお世話かもしれませんよ。
状況を考えてくれ。
先輩しかいない職場で、後輩がどのようにして先輩を喜ばすの?
この本は職場で感想を言い合ってるんですよね?
家族や友人の間で読み合ってる本ならともかく、職場だよ?
このテーマは、まじキツイ。