九月の第三月曜日の本日は、「敬老の日」です。
「敬老の日」の由来には、諸説あります。昭和二十二年、兵庫県多可郡野間谷村(現在の多可町)で始まった「としよりの日」がその一つといわれています。
この行事は、「お年寄りを大切にし、お年寄りの知恵を借りて村作りをしよう」という趣旨で開かれました。農閑期で気候も良い九月中旬に村の人たちが集まり、親睦を兼ねた敬老会を行なっていたそうです。
これが兵庫県内各市町村に呼びかけられ、敬老会活動を通じて、やがて全国へと広がりました。昭和三十八年に「老人の日」と改称され、昭和四十一年に国民の祝日として「敬老の日」が制定されました。
今日まで、時代を超えて様々な体験を積み重ね、生き抜く知恵を持つ高齢者は日本の宝といえましょう。
時には近況を尋ねたり、往時の経験を聞くなどして、自身の人生や地域社会の発展に活かしたいものです。
今日の心がけ◆高齢者の話を聞き知恵を借りましよう
高齢者(筆者)が自らを頼れと申しておりますが、知恵が一瞬で並列化される昨今において、おばあちゃんの知恵袋の重要度は極めて低下していると言わざるを得ません。残念ながら今まで以上に高齢者は頼られなくなり孤独化することでしょう。
筆者自らを”日本の宝”と言ってまで若者に対し影響力を持たせようとする、いや仲間でありつ付けたいと思う高齢者の孤独を、癒すのは我々の使命である事は疑う余地もありません。
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9月21日の夕方に観光帰りで仙台駅を利用しましたが新幹線南改札に近い洋食店がシフトの合間に一般客も利用する通路で糞本の輪読を行っており大変不快な思いをさせられました。
観光客に見える場所で信者の自慰行為を見させられ精神的に被害を受けました。
このような業者がいるなら仙台には二度と行きません。
仙台の恥さらし。
可哀そうな従業員が嫌々読まされているのではないでしょうか。
「時代を超えて様々な体験を積み重ね」
時代って、江戸時代から今も生存している人っているんですか?
「生き抜く知恵を持つ高齢者は日本の宝といえましょう。」
それから、生き抜く知恵って言っても、80歳、90歳の年寄りは既にボケているから何聞いても反応は無いですよ。
変化の速度が速い世の中なので、今までの知識や経験が全く通用しない事も有る、と言う事をこの筆者は解っていない様ですね(苦笑)
同じ事をやり続けている事が、時と場合によっては進歩の阻害の原因になるかと。
作者が俺の話を聞けえ〜と言ってます。
目上が言ってることが全て正しいと思ったら大間違いだと言ってたやつが大量の退会者を呼び、呼び戻すのは簡単と言いながら自分はチャチャっと退会か
「お年寄りを大切にし、お年寄りの知恵を借りて村作りをしよう」
どうぶつの村を渡してみたら、フリーズしていた。
お年寄りの昔話を押し付け、無理矢理聞かせ、マウントを取り始め、若者を一括にダメ扱いして。そんなでは誰も年寄りの話を聞く人なんて居なくなります。