一八九〇年の本日のことです。オスマン帝国(現在のトルコ共和国を含む地域)の軍艦エルトゥールル号が和歌山県の沖合で、大破してしまいました。
乗組員の多くが犠牲になりましたが、和歌山県串本町の住民による懸命の救助によって、約七十名の乗員の命は助け出されました。
数年前に上映された、映画『海難1890』により、この出来事を初めて知った人もいるでしょう。百三十年前の日本人による救援活動が、トルコ国民の心の中に、日本に対する親愛と感謝の念を根付かせるきっかけになったといいます。
串本町では、エルトゥールル号の遭難以来、トルコ共和国との共催で五年毎に追悼式典を催し、現在に至っています。
百三十年も前のエピソードですが、真心の援助は、時代を経た今日も、両国の「永遠の友情」を築く礎になっているのではないでしょうか。
国・地域・人種を越え、また身近な関係においても、困っている人がいたら、手を差し伸べる勇気と気概を持ちたいものです。
今日の心がけ◆先人たちの功績に敬意を表しましよう
本文に対して、今日の心がけがピント外しまくっていて、さらに読んでいる人を見下した内容なので毎回イラつくんです。
だって、「いまだに追悼式をやってるんだ。へー。」位な文章ですよ。今回のは特にイラつかない内容ですよ。それが、今日の心がけを読んだら一気にイラつくんですよ。
なんなんですかねこの他人をイラつかせる技みたいな今日の心がけは。この一文を読んだだけで「どんだけ過去にすがってんだよ。もっと未来を見ろよ。」って突っ込みたくなります。
1+
今日の心がけで、無理やり教義に合わせてるからですかね?
まあ今更だけど、今日の心がけとかいって、
バカ老害が深い意味も考えず思いつきで書いてるくせに、
俺の心に入ってきて支配しないでほしい。
軽い気持ちで、嫌がらせするな!
和歌山県民からするとみんな知ってる話で、中学の吹奏楽部なんかでも「エルトゥールル号の記憶」を演奏したりします。
エピソード自体は本当に良い話なんですが、
死んでも呆人会のネタにだけはされたくねえ!
『国・地域・人種を越え、また身近な関係においても、困っている人がいたら、手を差し伸べる勇気と気概を持ちたいものです。』
嫌ですね。
まず優先すべきは自分とその家族。その次は親しい親類や親しい友人かな。
国って、どうしてあるのか知ってる?
一つになれないような奴らだから、別の国やってるんですよ。仲良かったらすでに同じ国になってますよ。
お隣韓国では・・・みたいな言い回しありますが、逆に言えば、隣なのに別の国=仲良く一つになれない奴ら って事です。
北の将軍様と仲良くしとけ、倫理アホ。
この話は誰もが知っている話です。
感動します。
最後の一行要らない。
ところで、何?
「先人たちの功績に敬意を表しましよう」
お前が言うな!
私は悪いところはないからねと吐き捨てて帰る感情がねじ曲がりすぎの会長もいるよ
敬意を表しても私の給料は上がらないので関係ありません。
日付でググって適当にネタ書いてるだろ。軍艦大破は困ってる人レベルじゃねーよ。
「国・地域・人種を越え、また身近な関係においても、困っている人がいたら、手を差し伸べる勇気と気概を持ちたいものです。」
裏返してとらえれば、信者は困っている人を助けないってことです。
信者へ
先人たちの功績に敬意を表す前に、勇気とか気概とかを語る前に、極々、人間として当たり前な事が何かを考えなさい。
職場の教養で使い古された言葉は、サッサと後始末しなさい。
職場の教養に疑問を持ちなさい。
ネタ切れなんだろうが聞いてて苦しい。
これに対して感想を言わなければいけない立場は本当に苦しい。
言葉が出てこない部下を見守る上司も苦しい。
今日のうちの信者のお話
「職場の教養を前日から読み込んで、内容について調べて、素晴らしい感想を発表する人もいれば、その場しのぎの感想しか言わない人もいる。前者は仕事ができる人が多く、後者は仕事ができない人が多い。職場の教養を読み込むことが仕事の成功につながる」
…この宗教頭おかしいんですか?
職場の教養なんか読んでるから頭おかしくなるんだし、たかが朝礼の感想発表のために前日に時間をかけて準備をすることが良いことなのか?
信者が言う「仕事ができる人」というのは「黙って言いなりになる奴隷」ということなのだろう。
頭いかれてるな。
だから信者企業に未来はないし、信者企業に勤務を続ければ自分もどんどん廃れていく。
さっさとこんなゴミ企業は退職します。
新卒の子が宗教みたいと言ってました。
これが現代の若者の感性です。
過去に生きる人間は淘汰されるのが自然の摂理です。
うちの場合、見学にきた人たちに「宗教みたい」と言われてしまい、新卒なんて入ってきませんよ。
「あそこは宗教だ」という噂がしみついているようで、見学者が来ること自体めったにありませんが。