2026/03/07皮膚感覚

人類学者のアシュレイ・モンターギュ氏は、「皮膚は身体でもっとも大きな感覚器官である」と述べ、脳に似た機能を持つとも指摘しています。ウニやクラゲなど、脳を持たない生物は多くいますが、皮膚がない生き物はいません。皮膚は生物にとって大切な器官なのです。進化論で有名なダーウィンは、脳がなくても環境に応じた高度な行動を示す生物がいることを観察しました。例えば、ヨーロッパのミミズは、自分で掘った穴の入り口を落ち葉などで塞ぐ習性があります。ダーウィンは、ミミズが葉の湿り具合を皮膚で感じ取り、最も適したものを選んで穴を塞ぐという行動を記録しました。私たちも「身の毛がよだつ」「鳥肌が立つ」「肌で感じる」といったように、頭で考えて判断する前に、皮膚が感覚的に捉えて反応していることがあります。その皮膚の判断が、意外と正確な場合があるのではないでしょうか。考えることも大切ですが、時には肌が捉えた感覚に頼りながら、よく考えてみることも必要なのかもしれません。そこから新たな発見を見出したいものです。

今日の心がけ◆感じる力を大切にしましょう

「考えることも大切だが、時には肌が捉えた感覚に頼りながら」
なんだ企業の経営って単なる博打かよ。

感想例

事務・管理職向け

今回の文章を読んで、日々の業務における「気づき」の大切さを改めて感じました。私たちは報告書や数字などの情報をもとに判断することが多いですが、それだけでなく、現場の空気や同僚の小さな変化を察知する感受性も、実は組織の中で大切な役割を果たしているのかもしれないと思いました。ただ、その感覚を一人で抱え込まず、周囲に伝え、確認し合うことが大切なのではないかと感じます。「なんとなく気になる」という小さな感覚を報連相につなげることで、チームとしての判断の精度が上がるのではないかと、意識してみたいと思います。

感想要点

  • 数字や論理だけでなく、現場の「感覚的な気づき」にも目を向ける
  • その感覚を一人で判断せず、報連相を通じてチームで共有する
  • 小さな気づきの共有が、組織全体の意思決定の質を高める

技術・製造・現場職向け

皮膚が外界の変化をいち早く察知するという話を読んで、現場での「違和感を感じる力」の重要性を改めて考えさせられました。機械の異音や作業環境のわずかな変化など、数値には表れにくいけれど「何かおかしい」と感じる瞬間は、現場にいるからこそ気づけることだと思います。ただ、その感覚を「気のせいかな」と流してしまわず、立ち止まって確認する習慣が安全や品質を守ることにつながるのではないかと感じました。身体が発するサインを軽視せず、丁寧に向き合う姿勢を大切にしたいと思います。

感想要点

  • 現場での「違和感」「何かおかしい」という感覚は大切なサイン
  • 感覚を「気のせい」で済ませず、立ち止まって確認する習慣が安全・品質を守る
  • 身体が感じるサインに敏感であることが、現場力の基本につながる

営業・サービス職向け

皮膚が外の環境を感じ取り反応するという話を読んで、接客や営業の場面で相手の気持ちをいち早く察することの大切さと少し重なるように感じました。お客様が言葉にされていない不安や戸惑いを、表情や雰囲気から感じ取れるかどうかが、信頼関係の入り口になるのではないかと思います。ただ、感じ取っただけで終わらせず、それを言葉や行動で相手に返していくことが誠意につながるのだと、自分に言い聞かせたいと思います。感じる力と、それを伝える力の両方を少しずつ磨いていきたいと思います。

感想要点

  • お客様の言葉にならない不安や気持ちを「感じ取る力」が信頼の入り口になる
  • 感じたことを言葉や行動で返すことが誠意の表れになる
  • 感じる力と伝える力の両方を意識して高めていくことが大切

本の紹介

「ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか?」 ダニエル・カーネマン 著/村井章子 訳

ノーベル経済学賞を受賞した心理学者カーネマンが、人間の「直感」がいかに頻繁に誤りを犯すかを、膨大な実験データをもとに明らかにした一冊です。「肌で感じる判断を信じよう」という今回の文章とは真っ向から対立する内容で、直感や感覚的判断がバイアスや思い込みによっていかに歪められるかが、具体的かつ読みやすく解説されています。「感じる力」を盲信することへの警鐘として、ぜひ手に取っていただきたい本です。職場でも人生でも、「なんとなくそう思う」という感覚の正体を知ることで、より質の高い判断ができるようになるはずです。

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4 件のコメント

  • 管理人さんの言うように、小さい会社ほど企業経営には博打的側面があります。

    というか企業と言えない規模だから博打的側面があるのでしょうけど。

    でも、エセ倫理や職場の強要で語られる博打的側面とは根本的に違いますよ。

    スーパーバイザーなどの倫理指導、倫友たちの有難い助言などの名目で語られる思いつきを信じて勝負する信者たち。

    この有難い指導に従わない場合は人間が腐っているなどとさらなる指導を受けたりします。

    単なる思いつきや自分の利益を考えて出しゃばっているだけなので結果は一目瞭然。

    スーパーバイザーや倫友が他人のことを親身に考えて助言しているのであれば、エセ倫理は、ここまで酷い会にはなりません。

    他人の思いつきに振り回される信者。そして、その信者たちに振り回される目下の者。

    倫理経営とは、博打ではなく、他人の博打の責任を負うことを言います。

    活力朝礼も同じですよ。社員が変われば会社が変わるとでも倫理指導を受けて、負ける博打にハマりこんで、そのケツを社員がサービス残業などの形で負わされているんです。

    他人に振り回される博打経営ではなく、経営者個人の単なる思いつきの博打経営の方がよっぽどマシですよ。

    この団体が本当に正しいのであれば、倫理とは、他人を食いものにしたり、他人に責任を押しつけることを言うんです。

    これを儲かる倫理経営のツボらしいですよ。

    7+
  • 「時には肌が捉えた感覚に頼りながら、よく考えてみることも必要なのかもしれません」
    全くその通りですね。

    私も、全く必要性を感じない朝の「欠力嘲礼」を強要されている時、余りにも中身の無い無意味で無駄な時間の使い方に「身の毛がよだつ」思いに駆られますし、「職場の強要」とか言う駄文をを読まされる度、余りにも酷い詭弁を弄する内容に「鳥肌が立つ」といった事を毎回毎回「肌で感じる」んですよね。

    こんな駄文に肯定されるとは思いもよらなかったのですが、やっぱりそう言った感覚は正しかった訳ですね。

    3+
  • 引用から持論を語り出すと途端に「意外と」「ではないでしょうか」「かもしれません」「したいものです」と、根拠がない不安な文章になる。それって「感じる力」なんですね。ガハハハ

    3+
  • 「考えることも大切ですが、時には肌が捉えた感覚に頼りながら、よく考えてみることも必要なのかもしれません。」
    考えることも大切だけど、よく考えてみることも必要?
    は?え?
    ブルース・リー風に言うならば「考えるな、考えろ」ってこと?
    良いこと言おうと思って考えすぎて頭おかしくなったんかw

    2+
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