2026/01/29 『葉隠(はがくれ)』の教え

佐賀県に齊藤川之助という人物がいました。齊藤家は武士の家系で、代々佐賀藩の鍋島家に仕えてきました。廃藩置県により世の中が大きく変わる時代に、齊藤氏は警察官として沖縄県に赴任することとなります。
その後、県の行政職に転じ、農業の発展、インフラ整備、学校教育と、沖縄の発展のために46年間従事することになりました。齊藤氏の功績の一つに、硫黄鳥島の噴火で、全島民を久米島へ避難させた移住計画があります。
齊藤氏はトップダウンで避難、移住を指示したのではなく、一軒一軒聞き取り調査を行い、住人に寄り添いながら丁寧に次の住居などを決めていったのです。
武士道を論じた『葉隠』の教えの一つに「大慈悲を起こし人の為になるべき事」という文言があります。この教えを忠実に実践したのが齊藤氏だったのです。退官の際は別れを惜しみ、1万人もの住人が見送りに来てくれたほどでした。
業務に忙殺されると、心が置き去りになることがあります。改めて、目の前の相手に心を向け、その人のためになっているのかを考え行動したいものです。

今日の心がけ◆心を込めて業務にあたりましょう

「武士道といふは死ぬ事と見付けたり」君主への絶対的な忠義。まずこれを持ってこないで、「大慈悲」なんていう耳障りがいい所だけ抜き出している所がなんだかなーって思うわ。

感想例

事務・管理職向け

齊藤氏が島民一人ひとりの声に耳を傾け、信頼を得て大事業を成し遂げたという逸話に、仕事の原点を見た気がします。私は普段、効率を優先するあまり、周囲の声を聞く時間を惜しんでしまうことがあります。しかし、本当に円滑な業務遂行には、トップダウンの指示だけでなく、メンバー一人ひとりへの「傾聴」と「配慮」が不可欠なのだと感じました。これからは、忙しい時ほど意識的に周囲に心を向け、信頼関係を大切にしていきたいと思います。

感想要点

  • 効率優先で、人の話を聞く時間を削っていた自分への反省
  • 円滑な業務には「指示」より「傾聴」が重要だという気づき
  • 忙しい時こそ、周囲への配慮を忘れないようにしたい

技術・製造・現場職向け

多くの人々の命を守るために、丁寧な調査と対話を重ねたという姿勢に感銘を受けました。私たちの現場でも、安全や品質を守るためには、マニュアル通りの作業だけでなく、一つひとつの工程や、共に働く仲間への「思いやり」が必要なのだと思います。流れ作業のように仕事をこなすのではなく、その先にいるお客様や、次の工程を担当する仲間のことを想像し、心を込めた丁寧な仕事を積み重ねていきたいです。

感想要点

  • 現場の安全・品質には、マニュアル以上の「思いやり」が必要
  • 次の工程の人やお客様を想像する「想像力」を持つ
  • 流れ作業ではなく、心を込めた丁寧な仕事を心がける

営業・サービス職向け

齊藤氏が多くの人に慕われたのは、相手の立場に立ち、心からその人のためを思って行動したからだと思います。営業の仕事も同様で、単に商品を売るのではなく、お客様の困りごとに寄り添い、解決策を一緒に考える姿勢が信頼を生むのだと再認識しました。「忙しいから」と言い訳をして事務的な対応になるのではなく、目の前のお客様一人ひとりに誠実に向き合い、「あなたに頼んでよかった」と言っていただけるような関係を築いていきたいです。

感想要点

  • 商品を売るのではなく、相手の悩みに寄り添う姿勢の大切さ
  • 事務的な対応を避け、誠実に向き合うことへの決意
  • 顧客からの信頼を積み重ねていく姿勢

本の紹介

ブラック企業 日本を食い潰す妖怪 今野晴貴

「仕事に心を込めろ」「お客様のために尽くせ」。そんな美しい言葉の裏で、あなたの心と体はすり減っていませんか? この本は、精神論や美談を利用して労働者を極限まで使い倒す「ブラック企業」の手口を、具体的な事例とともに徹底的に暴き出します。 「職場の教養」が説くような「滅私奉公」の精神が、現代社会においていかに危険な「搾取のツール」として使われているか。その構造を知ることは、あなた自身を守るための必須科目です。 「自分が頑張ればいい」と思い込んでいる真面目な人にこそ、今すぐ読んでほしい一冊です。

1+

5 件のコメント

  • 今回紹介された齊藤川之助氏の逸話は、「大慈悲を起こし、人のためになることを実践した人物」として描かれています。一軒一軒住民の声に耳を傾け、硫黄鳥島の住民移住を成し遂げた姿は、確かに立派で、美しい物語です。

    ただ、読み進める中で、いくつかの疑問が残りました。

    第一に、この功績が「あたかも齊藤氏一人の徳や心がけによって成し遂げられたかのように描かれている点」です。
    46年にわたる行政の仕事、全島民の移住計画が、個人の慈悲心だけで完遂できたとは考えにくく、実際には多くの職員、地域関係者、制度や組織的支援があったはずです。それらが語られず、「一人の高潔な人物像」に集約されている点に、やや作為を感じます。

    第二に、「武士道」や『葉隠』という言葉の扱いです。
    武士道には本来、主君への忠誠、異論を許さぬ規律、場合によっては命を賭す覚悟といった側面も含まれます。現代社会において、この文脈を十分に整理しないまま「人のために尽くせ」「心を込めて業務にあたれ」という形で語られると、無償の献身や自己犠牲を美徳として求めているようにも受け取れます。

    また、今回の教養では
    ・どのような立場で
    ・どのような権限と責任のもとで
    ・どのような仕組みを使って
    住民の合意形成が行われたのかは語られていません。

    もし学ぶべき点があるとすれば、「個人の徳」ではなく、「人の声を制度に反映させるプロセスを、どのように組織として設計したのか」・・・そこではないでしょうか。

    齊藤川之助氏の功績が否定されるべきだとは思いません。ただ、その実像は
    ・一人の英雄の物語ではなく
    ・多くの人が関わり、支え合った行政の実践
    だった可能性が高いはずです。

    「心を込めて業務にあたりましょう」という結論が、善意や奉仕を個人に求める精神論にとどまってしまうなら、それは現代の職場や地域組織にとって、あまりに乱暴ではないでしょうか。

    私たちが本当に学ぶべきなのは、善意がなくても、誰か一人に無理が集中しなくても、物事が前に進む仕組みをどう作るか、という点だと思います。

    3+
  • 「職場の教養」が毎日のように同型の精神論を繰り返すのは、裏を返せば「精神論では現実が変わらないことを、筆者自身がどこかで分かっている」からなのかもしれません。それでもなお語り続けるのは、職場の教養側が「仕組み」や「制度」に踏み込むことの難しさ、あるいは触れてはいけない前提があるからでしょう。だからこそ、「誰かの徳」「前向きな心」「感謝や覚悟」に回収して物語を閉じる。その構図自体が、もう時代と噛み合っていない・・・まさに終焉の兆しだと感じます。

    一方で、反面教師としては非常に分かりやすい。「なぜこの話に違和感を覚えるのか」「どこが現実からズレているのか」を言語化する素材としては、これ以上ない教材だと思います。精神論を否定するのではなく、精神論が機能しない場面を、構造の問題として捉え直す。その視点を持てる人が増えれば、職場も、もう少し息のしやすい場所になるはずです。

    3+
  • 心を込めて業務にあたりましょう?笑わせてくれる内容です。

    エセ倫理に忙殺されると、心が置き去りになります。例えば得意先からの急ぎの電話に対して「朝礼中ですので、折り返し電話をします」という対応は、相手に心を向け、その人のためになっているといえるのでしょうか?

    こういう対応を平気でさせるような信者自身が心を込めて業務にあたっているといえるのでしょうか?

    葉隠れの教えではなく、エセ倫理の教えは

    「エセ倫理といふは奴隷となる事と見付けたり」

    エセ倫理や信者への絶対的な忠義。絶対的な忠義がなくても、信者たちが強制的に倫理指導します。

    そして「大慈悲」という建前のもと「信者のためになるべき事」

    私心を捨て、人を隔てして、目下の者は食いものにし、信者やエセ倫理の自己満足を願い、信者やエセ倫理のために尽くす。

    これがエセ倫理の奴隷の心得です。

    大袈裟に書いているのではなく、エセ倫理本部がここまで思っているかどうかは別にして、一部の信者は本当に思っていますよ。

    うちのバカ社長は信者だけど、ここまで酷くないと思うのであれば、まだマシな信者です。

    6+
  • 同じ「葉隠」でも、某倫理法人会と不愉快な信者共の「葉隠」は

    都合が悪くなった時に、大量の(言)葉をばらまき、相手を煙に巻いて遁走すろ方の「葉隠」なのでは?

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  • 昔の人は良いよなね~、タイパ、コスパ、言われないしSNSもないからやりたいことができたんでしょうね。
    現在で同様な事が起これば無理でしょうね。
    何をするにも批判されて終わりになるでしょうね。
    結果、心を込めたように見えるだけって事はないかな?

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