本格的な寒さが到来しました。この季節、幼い頃に夢中になった遊びを思い出す人もいるでしょう。雪の多い地域では、雪合戦が代表的な遊びの一つです。
雪玉を作り、陣地を守り戦う雪合戦は、今では国際的なスポーツにもなっています。この遊びは、仕事における「チーム力」との共通点が見えてきます。
皆が同じ目標に向かい、攻撃・守備・補給など、得意分野を活かして役割を担う。その過程で成果を生み出す喜びを共有できるのです。
会社組織もまた、雪合戦のチームと同じように、協力体制のもとに成り立っています。しかし、その体制が形だけのものになってしまっては意味がありません。
一見、単なる「業務」に見えることも、全体を見渡し、目標を意識し、互いに声を掛け合うことで、チーム全体の士気が高まり、確かな成果へとつながります。その土台となるのは、「自分なりの工夫」や「楽しさ」を見つけ直す主体性です。
子供の頃のようなワクワク感を、業務の意欲に変えていくことで、チーム一丸となり、組織の発展と共に個人の成長も実感できる働きをしていきたいものです。
今日の心がけ◆主体的に取り組みましょう
ゲームってのはリスクに見合ったリターンがあるからやるんだぜ。
「つまらない仕事も文句を言わずに、自分自身で勝手に楽しんでやれ」という経営側の職務怠慢だろそれ。
感想例
事務・管理職向け
後方支援がチームを勝たせる
雪合戦の「補給」という役割の話に、ハッとさせられました。事務職は直接利益を生む「攻撃」の役割ではありませんが、営業や現場が動きやすいように環境を整える「補給」の役割を担っています。雪玉がなければ戦えないのと同じで、私たちの準備やサポートがなければチームは機能しません。地味に見える自分の業務が、実は組織全体の成果を支えているのだという誇りを持ち、丁寧な仕事を心がけたいと思います。
- 事務職を雪合戦の「補給」部隊と捉える。
- 自分の仕事が前線の原動力になっていると認識する。
- 組織を支える役割に誇りを持つ。
技術・製造・現場職向け
崩れない「雪玉」を作る責任
雪合戦では、雪玉の硬さや大きさが勝敗を分けることがあります。これを私たちの仕事に置き換えると、一つひとつの製品や作業の「品質」にあたると感じました。どんなに優れた作戦があっても、道具や製品が不良では意味がありません。私は、次の工程やお客様が安心して受け取れるよう、崩れない雪玉を作るような気持ちで、基本に忠実で確実な作業を行っていきたいと思います。
- 製品の品質を「雪玉の完成度」に例える。
- 確実な仕事がチームの作戦を支える。
- 次の工程への配慮と責任感を持つ。
営業・サービス職向け
チームで挑むからこそ得られる成果
雪合戦が一人ではできないように、営業の仕事もまた、一人だけの力では限界があると感じました。お客様の要望に応えるには、社内の多くの部署との連携が不可欠です。これまでは個人の成績に目が行きがちでしたが、今年は「チームで勝つ」ことを意識し、周囲と声を掛け合いながら仕事を進めたいと思います。皆で協力して得た成果こそが、子供の頃のような本当のワクワク感につながると信じています。
- 個人の成績だけでなく、チーム連携を重視する。
- 周囲とのコミュニケーション(声掛け)を増やす。
- 協力して成果を出す喜びを再確認する。
本の紹介
「やりがいのある仕事」という幻想 森山 至 (著)
本文では「ワクワク感を業務の意欲に変えろ」と説いていますが、本書はそうした「やりがい」や「夢中になること」を仕事に求める風潮こそが、低賃金や長時間労働を正当化する「やりがい搾取」の温床であると指摘しています。仕事に過度な期待や自己実現を求めず、あくまで「生活の糧を得る手段」としてクールに割り切ることの重要性を説く、現代の労働者にとっての防衛書です。
「仕事を雪合戦のように楽しめ? ふざけるな」と思ったあなたへ。 会社はしばしば「楽しさ」や「成長」を餌にして、私たちに滅私奉公を求めます。この本は、そんな「やりがい教」の嘘を暴き、「仕事なんて適当でいい、人生は別にある」と考えるための論理的な支えをくれます。 会社に都合のいい「ワクワクする社畜」にされる前に、この本を読んで冷めた頭を取り戻してください。

管理人さんの言うように経営側の職務怠慢。これを加速させているのが、エセ倫理と職場の強要です。
信者企業の大半は、職務怠慢のブラック企業ですから、たちが悪い。
単なる「雪合戦」を、精一杯、綺麗事で盛り付けて美化し、経営者に認められようと文章を組み立てる。涙ぐましい努力だと思うよ。でもね、どう見ても毎度お馴染み、視野の狭い年寄りの文章だよ。そして、その度が過ぎるから、若者は引いちゃうんだよね。
倫理法人会「職場の教養」では、雪合戦を例に、仕事にも「ワクワク感」や「主体性」を持ち込むことの大切さが説かれていました。チームで目標を共有し、協力して成果を出す姿勢自体は、確かに大切なことです。
しかし、紹介されていた『「やりがいのある仕事」という幻想』(森山 至 著)は、その「楽しさ」や「やりがい」が、労働者に無理を強いる口実になってきた現実を指摘します。
仕事を楽しめと言われたとき、その楽しさは誰のためのものなのか。楽しめなくなった人は、守られるのか。こうした問いは、しばしば置き去りにされます。
本来、仕事は生活の糧を得る手段であり、労働条件と対価が守られる契約行為であるはずです。その土台が不十分なまま前向きさや主体性を求めれば、それは「やりがい搾取」に近づいてしまいます。
まず人が守られ、その上で余裕のある人が前向きさを発揮する。楽しさややりがいは義務ではなく、副産物である。この視点を忘れないことが、健全な職場づくりにつながるのではないでしょうか。
仕事における心構え的なのを雪合戦に例えて悦に入ってるみたいですが、君らのやってる事を雪合戦に例えると、よける時は見方を盾にし、投げる時は味方の真後ろからまっすぐに全力で雪玉投げてくる、足しか引っ張らない糞邪魔でいない方がマシな奴になりますかね。